Episode21-218

僕は芸術において

感覚のアート

技術のアート

暗示のアート

とジャンルわけではなく

ある程度、違う目的を持ったものとして考えている。

芸術に関わる上で必要なのは、受け入れる力、自分なりに考える力、それを表現する力

さっと思いつくのはこんなところ。

そもそも芸術に定義なんて要らないし、してはいけないのかもしれないけど

間違った解釈をするのだけはいけ好かないし、勿体ない。

本当は、まだ、強い負の感情を持っている。

ふざけんな。芸術はこんなんじゃないって。

でも受け入れることが第一歩だし、確信を捉えられるような経験もまだまだ足りないはず。

芸術は例えるなら波だ。

一元的には理解できない。

境がない為に名前をつけて区別することも違うのかもしれないが、正しく理解されていなければ次のウェーブでの解放に移れないはずだ。

とは言え、俺は芸術なんて都合が良すぎるとも思う。デザイン的であると言ってもいい。

もっと素晴らしく美しい状態や現象、瞬間は

日常的に感じれるはずなんだ。無理して形にして価値を押し出さずとも。

しかもズレの根源は400年ほど遡る必要がありそうだ。

価値や意味は

生まれるものか、見出すものか、創るものか。

それ自体が暗示、感覚、技術のアートそれぞれに帰属するとも言える。

ただ自分は偶然であり必然的なアートを作りたいと思うし、芸術なんてもっとありふれた身近な物だって示したい。

だって。

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