Aesthetics//

Episode21-268

避け続けて来たものの正体を知る。

僕が避け続けてきた最大のパターンは

美かもしれない。

見えない、触れられない、説明できないもの。

しかしパターンは確かに存在していて、

習得は困難だが、難解ではない。

美を操る、表現するよりも、そのルールに縛られる感覚の方が僕にとっては大きい。

何故ならそれ自体には意味がないからだ。

その分野に精通していない一般人からすれば理解が難しい美は沢山ある。

それなのに平気な顔して業界は進んでいくし、ときに想像もできない金額で取引きされる。

結果的に空洞化や偶像化が進み、その世界で生きていても、美を見出しそれを表現する意味まで理解している者は数パーセント程度かも知れない。

この世界に答えなんて無くていいんだけど。

美、それ自体が答えではない。

厄介なことに、美は最も広く届く世界共通言語であり無意識のうちに応用していたりもするのに、

美の全容やそのものものについて学ぶ機会に出会ったことがない。

それでも

辺りを見渡せば美に縛られていない人工物が1つとしてなく、学ぶ機会はどこにでもある。

それをデザイン言語と捉えるとそれは発話に限りなく近く、話してみると見掛けだけのモノも現代ならでは。

心と体が人間の全てだとすれば、

食べる分、身に付けるもの、渇きを潤すこと(Def Tech)

その他に一体何が必要だろうか。

大切な人やモノを大切にするには?

言語や形に縛られずそれを伝えるには?

この確かな感覚を美として残しておけないだろうか。

美を確かなものに変換できないか。

俺が探してるものはどこに。

世界平和への道のりは長い。

Leaves//

Episode21-267

大きく伸ばす枝葉

可能性に踊るこの心は

心地の良い そよ風に揺られ

無限の根を張り遠に後戻りできない。

皆の木陰になるように。

宇宙からでも見えるように。

想像力は視力と比例している。

のではないだろうか。

と想像するのは自由。

視覚は光が変換された電気信号らしい。

それを見るのが脳みそのどの部位かは分からないが、想像したものを見る場所も同じなんじゃないかな?

10年単位で学び考え、想像力を働かせない者は注視する機能、視力ごと失うのではないだろうか。

僕はどちらの世界でもよく見えてる。

Shape//

Episode21-265

僕の21歳は残り100日。

夢を見た。

いくつもの形が変化し、重なり、新しい形を織り成す夢を見た。

形は物凄い速さで生まれては死に。また生まれは死に。

乱立したそれらは音楽を成していた。

圧倒的な空間に、

それしか存在しない。

不思議な体験だった。

Language

Episode21-263

今日は柴田に誘われて彼の幼馴染のバレリーナ塩田みなみさんの公演を観てきた。

堀内充さんのBALLET collection 2018という公演。

初めて観るバレエ、初めて観る芸術のジャンル。

自分の思考に何かしらの影響を与えるだろうと期待しながら望んだ。

これを言うか迷う。

だってこの受けた衝撃が、解釈が全く別で、自分だけのものだったらどうしよう。

それか、誰もそこに到達してない可能性だって捨てきれなくない?

発話、言語、詩的身体表現を取り払ったバレエという身体の殻に、無意識に宿している周波を。

そうじゃなかったとしても僕はそれを見つけなければいけない。

それが、空という概念なのかも知れない。

もしそうであった時、人類が憧れ、崇める天という形は無くなり、

天を見ない人々の憧れ、宇宙、宇宙的という最高到達点をもしのぐものとなるんじゃないか。

それは神格的な何かではなく。形の

恐らく形のないものだ。

文系、理系で分けて考えたのではそれは遠ざかる。

呼びようがないから空と仕方なく仮定する。

かつてアインシュタインが科学の穴を埋めるものは仏教かも知れないと言ったそうだ。

僕は文化としての仏教には全く興味がなくなってきた。

例えば空を見れる人が悟りを開いた事とし、

それを一般の人々にまで届かせるとしたら、一度空を見ている状態を解いて、文化的に伝え広げるしか無いのではないか?

釈尊は弟子に伝えることを目的としていた訳が無いと思う。

真の目的は自分自身がそれとどう向き合うかであるべきだから。

つまり仕方なく、受け継ぐ為に説いたのではないか。

現代でも悟りを開く方法はある。しかし文化的な又は言語的な、又は”宗教的”な!!!!!

それらの側面を仏陀がしょうがない。として一度悟りを解いて見て見ぬ振りをしているとしたら。

そもそも仏教は宗教じゃない。だから安全だと感じるんだけど、

それを履き違えているなら、僕が目指すべきは解脱ではなくなる。

そのうち自分が身体表現を始める可能性も捨てきれないはずだ。

( )//

Episode21-263

答えはこうだ。

いやこれはもしかしたらこうかも知れない。

だけどこれはこうだ。

まてよこれはこう言う考え方もできるかも知れない!

確かに。

いやでもそれはその人がどう取るかの問題だ!!

そう言う人間の都合のいい解釈や曖昧な次元を超えたい。

僕は無条件に人を引き上げる何かをいつか見つける気でいる。

その可能性を

いやそれが起こりうる確率を

いや、偶然と必然の法則を?

無視することは簡単すぎる。

その先に何かが待ってる。

仕方がないで済ませない。