Episode21-263

今日は柴田に誘われて彼の幼馴染のバレリーナ塩田みなみさんの公演を観てきた。

堀内充さんのBALLET collection 2018という公演。

初めて観るバレエ、初めて観る芸術のジャンル。

自分の思考に何かしらの影響を与えるだろうと期待しながら望んだ。

これを言うか迷う。

だってこの受けた衝撃が、解釈が全く別で、自分だけのものだったらどうしよう。

それか、誰もそこに到達してない可能性だって捨てきれなくない?

発話、言語、詩的身体表現を取り払ったバレエという身体の殻に、無意識に宿している周波を。

そうじゃなかったとしても僕はそれを見つけなければいけない。

それが、空という概念なのかも知れない。

もしそうであった時、人類が憧れ、崇める天という形は無くなり、

天を見ない人々の憧れ、宇宙、宇宙的という最高到達点をもしのぐものとなるんじゃないか。

それは神格的な何かではなく。形の

恐らく形のないものだ。

文系、理系で分けて考えたのではそれは遠ざかる。

呼びようがないから空と仕方なく仮定する。

かつてアインシュタインが科学の穴を埋めるものは仏教かも知れないと言ったそうだ。

僕は文化としての仏教には全く興味がなくなってきた。

例えば空を見れる人が悟りを開いた事とし、

それを一般の人々にまで届かせるとしたら、一度空を見ている状態を解いて、文化的に伝え広げるしか無いのではないか?

釈尊は弟子に伝えることを目的としていた訳が無いと思う。

真の目的は自分自身がそれとどう向き合うかであるべきだから。

つまり仕方なく、受け継ぐ為に説いたのではないか。

現代でも悟りを開く方法はある。しかし文化的な又は言語的な、又は”宗教的”な!!!!!

それらの側面を仏陀がしょうがない。として一度悟りを解いて見て見ぬ振りをしているとしたら。

そもそも仏教は宗教じゃない。だから安全だと感じるんだけど、

それを履き違えているなら、僕が目指すべきは解脱ではなくなる。

そのうち自分が身体表現を始める可能性も捨てきれないはずだ。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s