R.U.N.

Episode21-295

生きている意識はそのまま残せない。

しかし、考えたことやあいつと話したことはこの世界の意識に残る。

いや待て、新しいテーマだな。

恐らくそれが真理には近いのかもしれないが、

十分に世界を知れていない状態で

全てを大きな一つとして捉えるのには早すぎるんじゃないか?

その全ての中の自分は特別でもあり普遍でもある。

わからない。全体をひとつとして捉えた瞬間、他者との境界は一瞬にして消え去る。

いや、でもそう。合ってるのかも知れないけど、

自己と他者の境界を失う危険性もあるし、

一つというのは宗教の例に観るlvように神格化や思い込みが激化する元だ。

その一人ひとりを圧倒的な他者として捉え、同じ世界を使って生きていると解釈するのが正しいと思うのだが、

この場合の世界とはなんだ?

結局世界は一つではないか。

そのままの法則を適応させるには、別の世界の存在が必要である。

(あ。比例でも反比例でもないバランスだ、見つけた。この法則は少し寝かせるとして)

別の世界の存在を認めるということは、私たちの住んでいる世界と他とを区別することができる。

そして永遠に続くスケールの中に身を置く。

私たちの地球

私たちの天の川銀河

私たちの宇宙

私たちの、、、

むしろこちらの方が自然だ。

これが限りなく無限に近い数、広がる。

ひとつと捉えるのは人間が無知だからではないか?

無論、人ひとりが生涯で目撃できる事象を考えれば世界はひとつであると定義した方が早い。

この世界がひとつであったとしても複数であったとしても、むしろ僕が気になるのは

事象はどこに行くのかである。

ビックバン、スーパーノバ、俺が死ぬこと。

文明的に功績と言われるものから今日の朝ごはん。

火山の噴火から打ち寄せる波まで。

瞬間的にそして連続的に今は過去になり未来は今になる。

人間の尺度や感情、記憶、記録を抜きにしたとき

事象はただ起こるだけなのか、はたまた物理的に影響を残すのみなのか。

そのどちらでもあると思うのだが、

事象は世界に記憶されるのか。

記憶されるとしたらそれはどこに保管され、どんな媒体なのか。それは見えない何かなのか、質量のあるものなのか、魂なのか。

物質もそれを有し、相互に影響し合う関係にあるのか。

無いのなら、夜空を飾る綺麗な天体と僕ら一人ひとりは等価である。

ただ同じ3次元世界を使って生きているのみ。

生きているかどうかも怪しい。漂っているだけと言うべきか。

価値の差が無いと言うことは平等に特別であり同時に意味のない記号の羅列の様に価値のないものだ。

さらに言えば過去現在未来という区別すら捨てなければならず物事に因果関係が無いものとして捉えるのが筋だ。

けどそうじゃない。水素原子に一定の周期が刻まれているのと同じように歪んでいようがいまいが時は刻まれている。数えているのは人間なんだけど。

ひとつをひっくり返せば、平等に全てひっくりかえるのだ。白黒のオセロなんかじゃないんだけど、法則というのはそういうものだ。

僕は全ての存在には過去に基づく背景があって、個性があって、それぞれがコミニュケーションを取って影響しあって生きていると言う。

誰とも口を利かずとも、触れずとも、常に影響しあっているはずだ。だって!我ら星の子!

宇宙誕生初期の星が爆発して出来た原子が僕たちの身体の一部を担っているそう。

なおさら物質とも影響し合ってたっていいじゃんか。

家が安心なのもコミュニケーションの賜物じゃん。

数日前に多次元世界が想像次元であることを考えた。未だにその仮定は揺るがない。

氷山とも氷河期とも対話できる。

いいじゃんか。スーパーノバ観に行ったって。

銀河鉄道さ。

情報は旅への切符。

何億年もの時を超える。

僕は情報が不思議でたまらない。

何次元でも存在出来るんじゃないかな。

それは物理定数なんかよりもっと普遍的で

特別な何かだと思う。

意識を司る何か。

神経信号は光速。

人間の脳内での認識スピードに限りはあるけど、

情報それ自体はもっと早い。

シナプスのようだ。

脳内に神経細胞は平均860億あるそう。

この世界それ自体も互いに影響し合いながら新たな歴史を作っているのでは。

しかも過去現在未来を複雑に織りなす情報、このシナプスは多次元かつ高いレベルで情報伝達が成されている。

僕たちの関係性は切っても切れないものだ。

We’re all connected

そんな中で僕らは世界とどんな関係を築いて何を残すか。

間接的、直接的

物理的、精神的

言葉で残す、行動で残す。

それは競い合いなんかじゃなくて、

それこそさ捉え方なんて自由なんだけど

何を発し、何を受け取るか。

僕はその儚くも力強い情報

つまり魂にこだわりたい。

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Episode21-292

そうか。1次元、2次元、3次元

この世で数えられるものには終わりがあってはならないはずだ。

だから確実に4次元、5次元、6次元と続いて行く。

宇宙はユニバース(唯一無二)じゃない。

マルチバースじゃなきゃ、この宇宙は存在しないはずだ。

この世界に一つしかない現象なんて絶対にない。

違う形で繰り返されているはずだ。

そんな中で俺は俺でしかない。

それは涙を伴う喜びであっていいはずだ。

もちろんあなたも。

4次元、5次元、6次元…はどこにあるのか。

観れるのか、観察できるのか、

確実に存在するのに僕たちはそれを目の当たりに出来ないのだろうか。

いやきっと

僕たちが地球の氷河期を見たことないけど知っているのと同じように、

見たことない、見れないから、知った気になっているのと同じように

しかし、氷山を見たことある僕たちは氷河期がどんなものかを高いレベルで知れている。

実際氷山すら見たことないけれどそれが現実であることを映像や写真、メディアで十分に知っているように。

(実際に氷山を見たことがある人でも氷山の裏側は見ることができない)

どちらの人も氷山がどんなものかを知っていて、絵にも描ける。

だから氷河期は誰も見たことがなくても、描けるし第三者が氷河期として十分に認識できる。

4次元以上の世界を恐らく誰も見たことがないのだから、知っているとも程遠い。絵を描いたとしてもそれが4次元世界そのものにどの程度近いかは誰も判断できない。

ここで質問だが、あなたの頭の中にある氷河期の風景は何次元の世界に存在していると思う?!

思ったんだけど、

答えは4次元。

かもしれないよね。

まだ4次元がどんなものかも知識のない僕は

それらを想像次元と呼ぶことにする。

魂は想像次元の概念だが、宗教上または哲学的な理論として現実世界で十分に機能する存在だ。

グレイ型の宇宙人は、実際の宇宙人とは違うが十分に宇宙人だ。宇宙人だと見てわかるからね。

氷河期も十分に現実のもので、ティラッノサウルスには毛が生えていたかも知れないけど、恐竜も恐竜だ。

LSD使用者がああいう絵を描くのはそれが現実に見えているという想像が十分に現実として信じれるからである。

たとえそれがLSD使用者の第三者が描いた絵を見た経験が先入観として作用していたとしても、自分は気付く余地もない。

グレイ型の宇宙人と同じ現象に過ぎない。

もし僕が誰もまったく見たことのない、他の何とも似ても似つかないものを描けたらそれは4次元世界を3次元世界を使って2次元に表したことになるのではないか?

想像の質という尺度に気付き、

4次元の性質が少しわかってきた。

恐らく。

これも想像に過ぎないのだが

4次元は別世界にあるものでは無くて

人間は日常から4次元を使って生きているということになるはずだ。

インクの厚みを考えれば平面の絵も立体だ。

映像の中のキャラクターが2次元として捉えられるのは人間がそれを4次元的に理解し3次元世界への存在を肯定しているからではないか?

2.3.4次元の関わり合いが一番面白い。

ネアンデルタールの壁画はまさにそれだし、もう少し研究したらこの3次元とも別の関わり方が出来そうでワクワクしている。

というか、僕たちは死ぬまで3次元なんだからそこで出来ることはしておきたい。

2から4を先に繋げて、3に出現させたのがトイストーリーだったりすんのかな。で公開は世界初のフルCG映画つまり2次元で、3次元世界の僕たちが4次元を使ってわくわくしてるみたいな。

2次元は3次元に開放してこそ輝くし、

3次元も4次元に開放させるべきなのかもしれない。

想像は5次元に頼る性質があってもおかしくない訳だし、別次元のコミュニケーションは出来なくないのかもしれない。

とりあえず、しっかり3次元では飯も食べなければいけないけど想像次元には頻繁に出かけたい。

思考は同じ次元で何周もするものだと思っていたがいきなり広がった世界に驚きは隠せない。

大丈夫。秩序からははみ出さないように気をつけるから。

Soldier

Episode21-292

この日をもって人生の哲学の土台が出来上がったと感じた。

これからいくらでも再建するが、穴のない状態まで詰めたのは恐らく初めてである。

ここからはその内容に関係ないことだが

戦士という題名をつけたのだが、闘いたくない。

社会に出るとどうしても敵に出くわしてしまうが

それも仮想の敵であるはずで、敵などこの世界に実存しないのだ。

美を表現するのと同じく、何もない空と闘わなければとは思うのだ。

その裏側、自分の裏側まで見透かす努力はよくしようと思う。

よく見るの、よくはなんだ?

Look carefully であって、look good じゃない。

よく見えるはlooking good で相違ない。

悪く見るとは言わないのだから

目に見えない何らかの尺度が存在するはずだ。

その性質、方程式もきっと面白い。

Wit Smile

Episode21-289

いつ終わるかなんてわからない。

だからって訳じゃないけどいつも笑顔でいたい。

最期は笑顔で迎えたい。

じゃなきゃ生なんて喜べないよ。

この社会で、笑顔だけで生きていくことがどれだけ難しいことかはみんなよく知ってるはず。

そこに負けたら意味なんてない。

わかると思うけど、笑顔でいることじゃなくて、

笑顔でいれることが大切なんだ。

That’s all about my life きっと。

Magic word: Growth

Episode21-284

昨日より今日

今日より明日。

成長という言葉は

想像上の概念に近い。

Magic word: Growth

成長は時間軸にも物理的な法則にも属さない代わりに、時間軸と物理的な法則を内包する場合がある。

先日、友達に哲学は生産性が無いから興味が持てないと言われて思った。

確かにそうなのだが、活かせる場面は日常にありふれている。

成長、効率、生産性を考える。

僕は必要性を無視した経済活動は悪だと考えているのだが、社会一般において経済成長が善とする共通認識でコミュニケーションが成り立っているのを見ると不思議に思う。

これに限定された信頼関係は脆く、希薄で人間味のない関係だと感じると同時に、本質的な生命活動ではなく想像的かつ精神的な活動である為、実質的に捉えられるのは後天的に身に付いた麻痺した感覚と位置付けることができる。

思い返せば感覚的に

WIN WIN

という言葉にも疑問があった。

私にも貴方にとっても良い。

イコール

善。

に聴こえるが

その裏側には必ず

悪が潜んでいる。

善悪で捉えるのは過激かもしれないが、

有利、不利

好都合、不都合でも同じことだ。

他の誰かが。

成長も成功も、みんな必要な事なのだが

その裏まで見ることは不必要だと思われているのかもしれない。

Age

Episode21-282

考えは波のように押しては寄せる。

今は魂の時代。

リライよりもレガシー。

だけどこれは小乗な考え方だから

周期が訪れればまた他がために生きる。

全ての人間が素晴らしいし、喜びに溢れている。

そして平等ではないが諸現象、不条理に晒されている。

哲学に手を出してみてもっとはっきりした事だけど、同じ言葉、同じ字面だとしても、

建設材料が違えば180度逆の考えだ。

そこに正解不正解はない。

がしかし、信じ込むのは良くない事だ。

死を平等と取るか不条理と取るか。

死ぬことで完成されるか、無化されるか。

生を意味と取るか不条理と捉えるか。

答えなんかない。

俺はまだ青い。

社会や大人にもまれないと。

そしたら別の何かをひっくり返せるようになる。

好みじゃない。