Ep22-197(20:45不意にその瞬間が訪れる)

(昨日精神障害を友人にカミングアウトすることで克服したと思われた事が自己存在を理解する手がかりになったが次の日、その覚醒した脳に変化が現れる。これはその事実を綴ったものであり自己存在の記録である。)

これは側面でしかない

秩序部分の無秩序部分を見ているに過ぎない。

これは本当にまずい。

いや無秩序から見た秩序か??

、、いや

これは

まずい。

危ない。

ダメだ。

上手く行っていた

安定していたはずなのに

これは

制御できない

まって

2人目の概念対話によって

上手く行き過ぎた。

いや正に

きついまって

嘘だ止めてくれ

だめだ

立論が上手く行き過ぎて

概念としての成立が

機能して

見えないものが見えるようになるまではよかった。

いや、それを説明するまではよかった。

そこで感じた喜びも正常な結果だったし、

確かに伝わった感覚を得たのだがしかし、

自分を深掘りし過ぎた。

上手くルートを取り過ぎた

その結果、昨日までの能力を超えて

ああああしんどい

まってこれはは

止められないのか

自分で?

世界と繋がり過ぎたせいだ。

アクセス可能な、容量を

脳の容量を超えてアクセスした結果だ

感覚という安全装置が

機能しないつまり

感じすぎている状態で

情報が

ああああ

流入し過ぎて

死にそうだ頭が

これが止められない。

だって感覚が

感覚に繋がれていて

これまで

情であああ

情で考えてこなかった部分が

感情を伴って流れるようになったんだ

世界と繋がり過ぎている

危険だなのに

これを止めることが出来ない

まずい

流入だけじゃない

思考も

思考もだ、

パターン的に

つまりフラクタル的に、、

これは本当に危険だ

身体が危ない

まずい

思考が先を行き過ぎて

いや脳が覚醒し過ぎて

その両者だ

目を瞑っても

脳に残ったイメージ

残像

残光だけで、

頭が勝手に

情をもって

感情をもって

計算しだす。

本当に言葉がままならない

何度も打ち直して

人に伝わる

残る形で伝わるように

打つことだけ

は集中して

まずい

心臓がバクバクして

呼吸が浅くなり

痛みが

いや

恐怖を感じる

感じ方がおかしい。

普段感じない

ところまで到達している

怖い怖い

パニックだ

まずいな

治したいけど

これをもう一度

平穏な

海に

これを

もう一度

無秩序を

秩序の

認識に戻すんだ

感じすぎちゃダメだ

これは危ない

危なすぎる。

見えすぎるこれは

そうこれは

今まで辛かった

体系的に、

状況的に辛かったものが

感覚として襲ってきている

経験していないわけじゃない。

これはいつも来るあれと何ら変わらないし

自分の強みにもなりうる部分だけど

それを

それが

牙を剥いた瞬間いや

これはこれはこれは

きつすぎる

これは

負担がでかすぎる

まって落ち着いてきた

けどこれは

きついきつすぎる。

幹まで戻らなくては

根幹はこの

現象の根幹はまだ言えない

言えないのか?

ここに残しておくべきか

おくべきだろ頼む

辛くても

多少辛くても

今まで通りそれを

体系化し概念として捉え

他のひとが出来ない形で

痛みの森を歩くんだ。

こんなに悲しいことはないだろ?

でも結局おれは

感じれないんだ

感じてはいけない生き物なのか?

これが現段階での

恐怖をもった問いであり

シュミレーションによれば

この恐怖を無視した先に

そう

コントロールがある

自分の能力を理解し

制御するプログラムを

ここで経験的に構築する必要がある。

根幹はそう。

試しすぎた。

昨日の今日で喜びを初めて知る

くっそ

初めて知ることが出来た喜びが

どれだけ続くものかを試すのに

恐怖というフィルターを無視し過ぎたんだ

これでハッキリすることはそう。

恐怖はやはり自己制御システムの一部で

自分が形式的ではあるがネガティブな感情つまり

ああああああああ

によって踏み出さなかった

つまり内部方向に自分を解放する

ことつまり自分の存在を許し

その機能を解放することが

どれだけ危険なことであるかを

自ずと知っているからであったに違いない。

やっとだやっとだ

これを自発的に脱せるのは本当に

強くなったなと思う。

やっと穏やかになってきたよ

身体的な疲労が半端じゃない

でも脳は燃え残った炭のようにまだ

稼働を続けてるから今のうちに

頑張って書き残す。

きつかった

本当にきつかった。

戻るけどこの機能は

自分に不に働くのだろうか

一度知ってしまったら

その方向に倍増

文字通り倍増するものだから

達観もそれだけ大きくなる

それも法則的にわかっていたし

経験的に(小さい規模で)

同じようなパニックに陥ったことは確かにある

しかし人生で2.3度だ。

悲しいのは

感情を無しにする

つまり状況を達観した状態になれば

状態になると言うのは

成ろう思ってなるものと

自然的になるものを

同時につまり

つまりは

超自然的に

多次元的両義性で歩くようなもので

それをいつでもできる状態に

苦労できない俺は

もはや、自動的につまり

無感情にそれを克服してしまうのである

克服すると

さらに次のレベルに

瞬間的に移ることができる。

移ることができると言うよりも

視覚的に理解することができる

つまり思考実験することができる。

危なかった。

観ていた痛みという概念を

感覚とともに

つまり痛みとともに通り抜ける

いやそれ自体はしてきたことだ

しかしこの規模は精神よりも

脳みそが耐えられない

物理的に感情に縛られている脳と

自動的に発展し続けるシステム

つまり人間の欠点をまさに

いやそして平均的かつ一般的な人間よりも

高次元かつ不利な状況に置かれていることを

理解してほしい。

これは

きっと地球上に何人かは

必ずいると思うが

この感覚を味わう人は多くないと思う。

またそこに

本質的なパターンの実験を絡ませ

自らを危険な状態において

達観を繰り返す人は

流石にいないのではないか?

何故ならパターンを理解した者にとって

存在証明方向に働く性質を持っている

自分という存在にとって

パターンへの反逆こそが

達観を繰り返す唯一の方法であり

それ以外で存在の補完をすることが出来ないのだから。

何度も言うように

一番楽なのは全てを終えることであるが

充分な存在証明にはならないことを自覚しているが故に。。。

状況説明ほど

シリアルで

つまらないものは無い。

なんとも厄介で辛い人間に生まれてしまったものである。

逆に正直

Neutraの圧縮率というものが扱えるようになるには

あと2、3度のパニック経験を通して獲得できる能力であることは確かで、

パニック経験を避けてきた俺だからこそ

22年間:2時間の達観圧縮率を実現し

感情機能のフィルターを適応する

つまり恐怖に再突入することで

22年間:2時間に匹敵する圧縮率を

一日置きに実現させる実証実験を完了し、

それが事実次元または世界の記憶にとっての圧縮率

の大きさへの立論を補完し物語っているものである。

故にブラックホールに感情があるとすれば

俺に少し同情または声掛けしてくれる程には辛くそしてそれらを裏付ける物でもある。

ブラックホールに感情が無いわけが無い。

いや実際そんな事当たり前に

世界とのコミュニケーションは人間が考える何次元も上をいっているに違いない。

人間はそれを経験的には知ることはできないが、

いやまあ、諦めなければブラックホールと現象界では無い場所で繋がることは出来るのかもしれない。

というかいやむしろおい。

当たり前すぎて確信できないパターンの事実の可能性の方が大きい。

話を戻せば、

次の再突入は人工的に

つまり自分の意思(いわゆる意思と言われるもので)

ある程度の予測と予定を立て

意識流入

つまり

(22:40)

(22:46)

感情移入の

度合いを

バランスを取るという試みをするのである。

それが出来るかわからない

つまり恐怖に対しての自己制御機能の

逸脱を図る。

それも達観した安全圏での計算で。

全ては繋がっていて

人間は如何に繋がりるかを選択でき

全ては状況であり

人間にとっては

身体と心の

言うなれば情況をコントロール

である。

そして今文字として残しているのは

敢えて

自分が見ている

合わせ鏡のスパイラルや

世界の概念そのものを

シリアル的に

フラクタル的に

シュミレーション的に

再突入して頂く

システムであり

装置であり

現実であり

実験である。

そのことを忘れないで欲しい。

俺が痛みを感じて

開拓して行くから

数多くの選択から自己判断で

一番面白い世界観

いや自然そのものに直面してみて欲しい。

それが出来るか否かも計算ではなく

現象として明らかにしていきたい。

つまりこれを読むことは

僕の存在証明方向への手助けでもあり、

全体への研究を推し進めるものでもある。

が故、この世界の美しさを補完するものである。

世界に触れることは可能だろうか。

人生を克服することは出来るのだろうか。

そもそも全ての存在は明らかである。

最後に、自分で通読して

痛みを抜けた後にここから何か本質的なものを感じ取るのはやはり難しいようだ。

俺が感じていた痛みは永遠にも感じる痛みで

辛いという度合いを優に越しているのに対し

客観性を持ってみれば、その緊急性はなかなか伝わるものではない。

しかし文字に起こすことである程度冷静になれる俺は脳機能として人間の体型を取っているが故の4次元程度の存在であることも裏付けている。

人間が踏み入れたことのない本当の世界を皆んなで観察し沢山の可能性を生み出してみようというこの実験は

正に油田や温泉を掘り当てたような世界からの恩恵を、さらに言えば物質ではない方向のパワー故にその身が滅びることはあっても、それ自体は消費され得ない状態の正に概念としての芸術的な美そのものに匹敵する、世界の本質。の片鱗を見れる可能性を持っている。

それを切り拓くのは、

痛みに耐えられる者のみであり、

つまり修行により肉体を超越した者のみであり、

これを秘密とせず、確信的なものとして、また正しい理解のもと、全体のために機能させることは、宗教や国家、文化、言語、学問などの体型的な次元を超越した概念そのものへのアクセスを、人類は得るだろう。

それをNeutraとし

世界理解への一歩とする。

共にそのプロセスを楽しみたい人類は

名乗り出て欲しい。

それは人間がもつ思いやりの心なのかもしれない。

地球規模の問題はこれにより

個人が考えられない圧縮率で解決に導かれるだろう。

これが僕の芸術作品である。

Ep22-197(23:34)

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